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FF13が駄目な理由をわかりやすく説明
419 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ[] 投稿日:2009/12/29(火) 22:33:24 ID:EHypMEx40
ヤウスの文学理論を借りるなら、物語はまず期待の地平へ向かうのです。 シータと出会ったパズーがラピュタに向かうように。 ゼルダの伝説でリンクがトライフォースと姫の救出へ向かうように。
その期待の地平があるからこそ、パズーがシータを守って冒険活劇を織り成していくこと、あるいはゲームプレイヤーがハイラルの地を理解し把握しようとすることに、必然性が生まれ、 その結果として物語が刻まれるのです。期待の地平という主軸なしに、物語はその体を保てません。
その点、FF13はどうでしょうか? ルシにされたものたちは、ただ危機から逃げ回ったり、得体の知れないワープに翻弄されているだけです。彼らの行動が、クリスタル化したヒロインの、救出と回復に直接に結びついていると感じ取りうるものでしょうか? ルシ化した彼らは、志だけ立派ですが、その振る舞いはまるで借金取りから逃げ回る多重債務者のそれです。
彼らは戦っていますが、その戦いの動機は、自分たちの不遇とその扱いに対する「不満」でしかないのです。 そのくせ主人公はなぜヒーロー気取りでいるのでしょう? ヒーローというのは、我が事や身内事ではなく、他人のことに自分の命を費やせる者のことを言ったはずです。
またよく言われる、戦闘におけるゲーム性についてはどうでしょう。従来のRPGにおいては、特にザコ戦においてはそうでしたが、そこにゲーム性を盛り込むことには、あまり無理をしてきませんでした。それは 一見すると、ただの戦闘作業、という具合でしたが、ただしよく出来たRPGにおいてはそうではありません。それは各キャラクターの「見せ場」でありました。ドラクエにおける格闘家ロールのキャラクターが、タイミングよく「かいしんのいちげき」を連発したときに、心の中でオオと歓声を上げない人がいたでしょうか?プレイヤーたちは、その戦闘とロールとしての振る舞いにおいて、各キャラクターと触れ合ってきたのです。 こいつは使えるなとか、使えねぇなとか、誰でもそのようにして、キャラクターに人格を与えてきたはずです。それに比べてFF13は、成功したと言えるでしょうか? FF13における戦闘は、プレイヤーの意図が細かくは入り込まない、駒を配置して指示を出すというような、シミュレーションゲームの形態です。
その形態において、各キャラが勝手に動き回るのを見て、まるでNPCのようだな、と感じた人も多いのではないでしょうか?
そうです、FF13の戦闘は、NPCを配置してその経過を眺めるような、シミュレーションゲームの形態なのです。そのこと自体は破綻していないのですが、しかし同じザコ敵を繰り返し倒すというような シミュレーションゲームが今までにあったでしょうか? シミュレーションというのは結果が出たら終わりなのです。
一度決着のついた状況を、繰り返し攻略させられるシミュレーションなどありえません。このことがあるから、FF13の戦闘は、ゲーム性があるのに「飽きる」のです。そもそもシミュレーションゲームにおいては、 戦闘によってどのように「戦況」を作り出していくかが醍醐味なのですから、そのことを無視してRPGに押し込むのには無理がありすぎます。第一、それぞれのキャラクターが、ロールとしてふるまうのが 「ロールプレイング」なのに、それを自らコロコロ変えるというのでは、もうRPGとしては成立していません。
FF13は、失敗作なのではないでしょうか?